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~萬世ノ永キニ渡リ人々ニ愛サレル道トナレ~
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HP立ち上げ以来、調査という調査がありませんでしたが、ようやく研究会本来の活動になって参りました。前回の調査は広報担当(ワタクシ)がMTB(マウンテンバイク)で大滝宿から進入しようとしたが、大滝宿から雪に閉ざされ一瞬にして終わってしまった・・・という無様なもの。

P5170001.jpg今回は表記区間の経験者である副代表、代表幹事がお付き合いしてくださるとの事で、広報担当のワタクシと研究会員のタマちゃん、のほか非会員ではH内さん、M田さんが参加した。

天気はあいにくの雨で全区間を踏破できるか?と不安もよぎったがなんとか、雨足も思ったほど速くないため出発を決意した!

←こちら生きて帰ってくることを固く決意した調査隊メンバーの皆さん!9時に全員集合して、9時5分出発です!

東栗子トンネル福島方坑口からの出発であるが、ここから万世大路へのアクセスは距離的にたいしたことはないが、勾配は結構キツクスタートしょっぱなとしては大変です。
P5170004.jpg
アクセス道路は勾配がきついためか?かなり雨水などで流されえぐれた悪路になっています。グレーチングなどの建材が不自然におかれています。補修した跡なのだろうか?

また途中に索道?と見間違うような、旧飯坂スキー場跡のリフトが、、、どこ滑っていたんでしょうね。

で、ようやく万世大路に合流しました。この交差点から歴史ある万世大路だと思うと興奮してきますね。ちなみに合流から福島側はほとんど使用されていないため、とても軟弱な地面です。腐葉土でした。

P5170005.jpgようやく夢の万世大路を歩きます。小雨が降る中でも、こんなマイナスイオンが降り注ぐ緑のトンネルを歩きます。気温は7度程度と合羽を着ていても汗を書くほどではないので快適な気温です。

それにしても、なんだかこのグループ・・・やたらと歩くスピードが違います。代表幹事と広報は前をわき目もふらず歩きます。ふと気づくと後ろにはだれもいません・・・後ろの皆さんから苦言もありました。山歩きをなめたらいけませんね。

P5170006.jpg順調に進んでいくと、当時の石積みブロックです。

いまでも健在でどこも破損はありません。石垣から木が生えてきているのになぜか崩落などは見受けられませんでした。すごい技術なのでしょうか?

またここに積み込まれた石は、二つ小屋ずい道の発生土などが使用されたのでしょうか?流紋岩だとお見受けしました。

代表幹事の説明だと、石積みの小口がとても珍しいとおっしゃっていました。ブロックの端部は地山に摺りつくように設置されていました。

P5170010.jpg見えますでしょうか?

赤いスプレーの下にある縦の傷は、熊の爪あとだそうです。

「だれか、熊よけの鈴もってきましたか?」

「・・・・・しーん」 だれも持ってきていません。なるべく大きな声でしゃべったほうがよいのか?

P5170013.jpg40分ほど歩くと二つ小屋ずい道に到着しました。お~、、、街道初心者のワタクシは感動です!

写真やその他資料では見てきましたが、実物はやっぱりいいですねぇ。

R13栗子トンネル建設当時に撮影されていた「赤い殺意」で春川ますみが映画の中で坑門左上から雪の上を滑り落ちてきた映像が思い出されてくるのでした。

P5170015.jpgなにげにまっさきに坑内に入ろうとせず、勿体つけてまずは坑門のうえへ・・・向かいます。ずい道の手前から斜面をあがる石の階段を使って上がります。

するとそこには「鳳駕駐蹕之蹟(ほうがちゅうひつのせき)」の碑があります。明治14年に天皇巡幸の際、この場所で休憩を取られたことを記念して立てられた石碑で、昭和の改修前の万世大路はこの高さの路面だったと説明をうけました。

歴史を感じますねぇ・・・

続いてP5170017.jpgこちらはすぐそばに「山神」とかかれた石碑です。

山の神さまって事でしょうね。山の神様を奉るのはトンネル屋さんのほか、猟師さんなどが思い当たります。

どちらのものなのでしょう?写真ではよく見えませんが、たしか明治14年と掘られていたと思います。

詳しい説明はだれかコメントください。

P5170019.jpgちょっと変わったアングルからの坑門です。

現代のものと基本的には変わりませんが、美しいレンガ積みです。トンネルの両サイドにある柱?リブ?のようなものは補強的な役割なのか?

または模様なのか?名盤は昭和9年3月竣工と書いています。昭和の改修で作られたものです。

坑門から2~30m地点の地表は見事に陥没しているのがわかりました。陥没とトンネル工事の因果関係はあるのか?という目線でいよいよトンネルを確認です。
P5170023.jpg
この写真はついに坑内に入坑し、太陽のあたる世界と別れを惜しんでいるところ?

入坑すると20mの地点からなんと内巻コンクリートが設置されています。こういった情報は自分にはありませんでしたのでビックリです。どの時点で行われたのでしょうか?あきらかに当初断面を作ってから追加されたものです。

P5170030.jpgこれが地表の陥没とどんな因果関係があるのでしょうか?内巻きは38mありました。

しかし384mの中で内巻をしたところは6箇所ありました。80m地点~150(70m間)m地点、165m地点~200m(35m間)地点、213m地点~240m(27m間)地点、254m地点~286m地点(34m間)、300m地点~383m地点(83m間)でした。全部で287m(歩測だけど・・・)と全延長の75%は内巻されていました。

うーん、地表の陥没との因果関係は無いわけではなさそうだが、こんなに内巻区間が多いとは、びっくりです。

内巻されたところと標準断面の境でコンクリート崩落がありました。P5170032.jpg

内巻前がどんな状況だったかは定かではないが、内巻端部の標準断面部(内巻未施工部分)の欠損、崩落が多いように感じられ、内巻の効果が絶大だったことを物語っている。

また岩(流紋岩)片自体はそれなりの硬さはありますが、割れ目がかなり細かいような感じです。


P5170036.jpgこれが崩落部のアップですが、よーく見ると、コンクリートの粗骨材には、掘削で発生したズリを使ったのでは?と思えるほど似た流紋岩が、、、

またコンクリートの地山側には、なんとなか大きな岩片を積んだように見えます。

それにしても、昔の人が作ったコンクリートはしっかりしています。点検ハンマーでたたいたりしたのですが、健全そのものです。

P5170038.jpgみえにくい画像ですが、左上に見えるのが米沢側坑口のひかりです。

右側には、崩落したコンクリート、土砂(ここも流紋岩です)が散らばっています。

こんなんは序の口程度でしたが、、、

ところどころ路盤のコンクリート舗装が、セメント・砂がなくなってしまっているところもあります。その上には湧水があることが多いことがわかりました。

P5170039.jpgこちらの崩落箇所(天端)も断面変化点です。

1.5m程度の空洞高さがありました。丸太が横たわっていましたが、当時は丸太支保工による掘削方式だったので、頂設導坑に使用された丸太と推察されます。

岩肌もとても美しく、節理が発達していたので、わずかな振動で、すこしずつ岩片が落ちていきそうな雰囲気でした。

P5170042.jpgこの写真は、なにげに型枠の跡を収めたものです。現代はトンネル他一般の型枠がメタルと呼ばれるもので1.5mの幅、またコンパネなどを使用すると1.8m程度の幅です。

こちら、当時の型枠は木製(板)が使用されており、なんと3mの長さで一枚の型枠にしていました。

技術的にどうかってほどでもありませんが、珍しいので・・・このトンネル内では数箇所程度だけです。

P5170043.jpgいよいよ「ずい道の滝」に近づきます。

ここは地表の沢水が流れているようで、太陽も差し込んできます。

またここにいたっては内巻までもが破壊されていました。

表面の劣化も湧水の関係もあるのか?結構進んでいます。

P5170045.jpgトンネルの暗闇に上から太陽の光が差すなんて、あまり見られませんが、幻想的ですね。

開口部には大きな岩が引っかかっており、副代表や代表幹事が石をぶつけて落とそうとしていました。(だめでした)

なんと384mのトンネルにわれわれは30分以上の時間を費やしてしまいました。わたしなんざ内巻箇所を記録するのに歩測してしまいました。10mちかく誤差が生じました。今度本当に384mか確認したいですね。

P5170046.jpgこちらが米沢方坑口。なんと画像には入れませんでしたが、撮影ポイント付近に車(デリカ)がありました。あんな悪路を上がってきたのか?とびっくりしました。

副代表、代表幹事は待ちくたびれた様子です。

私ら始めての連中は夢中になりすぎました。


気を取り直してP5170047.jpg再出発して、まもなくすると烏川橋に到着しました。

この沢はこのまま摺上ダム右岸へたどり着くとの事。うーんなんだか信じられない。普通に考えればR13沿いの小川と思ったのだが、、、

橋の長さは20m程度だったのでしょうか?ここを車などの重量のあるもので通過するのは少し気が引けますね。


P5170048.jpgぼろぼろです。

でもこの橋よ~く見ると変です。橋の幅が福島側が狭く、米沢側が広いような・・・?

こんな道路ありうるのか?目視で判るくらいなので、50~100センチ程度の差はあるのではないでしょうか?

ここからはまた上り坂が始まります。一番長いのぼり坂ではないでしょうか?

P5170052.jpgひたすら上る中、またもや私と代表幹事さんがわき目も振らず先行しています。皆さんは景色、山菜、植物などを楽しみながら歩いているようです。

すると突然木の枝が揺れています・・・熊?

と思ったらサルです。サルが沢山いてわれわれの動向をうかがっていました。サルに囲まれて「オヤジ狩」されるのでは?なんて事を想像すると怖いですね。

そうするうちに大平部落に到着しました。烏川~大平部落間は結構な勾配と距離がありました。こちらには軽の4WD車が止まっていました。よくこれるな~!

P5170055.jpg大平部落を境に道路がまた狭くなり、時期によってはナタで藪を切り開きながら行かなければ成りません。今回はそれほどではありませんでした。人や車が入れない箇所は道路が悪くなりますね。

すると大平橋へ到着です。烏川橋にくらべ、高欄などがきれいに残っています。表面はモルタルで仕上げられていますが、ハンマーでたたくとなぜか空洞です。こんなところたたくのもどうかと思いましたが、音はすべて「ポコポコ」です。

強度は要さない場所なんでしょうね・・・

P5170060.jpgで続いて15分程度進むと杭甲橋です。

経験者の皆さんからまもなくだよ~、、、なんて言われても「ホンマかいな?」なんては思いません。

なにげにトンネルもそうかもしれませんが、橋梁の舗装はコンクリートですが、端部はすべて御影石です。もちろんコンクリートよりしっかりしている感じですね。
P5170061.jpg
でも残念ながら写真のように、橋名板は心無いマニアか?すべての橋からはずされています。

ざんねんですね。

トンネルは高いところにあるからか?すべて残っているようです。


P5170067.jpgこの辺までくると、石積みブロックの岩種も変わってきているようです。この辺では軟岩っぽくなっています。凝灰岩系でしょうか?

手前と違いコケが生えてとてもいい雰囲気です。

それにしても、石積みブロックから木が生えているのに、ブロックが崩れないのはなぜ?


P5170069.jpg
なんていっていると、なんの前触れも無く栗子ずい道についてしまいました。

少し霧っぽくなってとても神秘的です。徐々に着いたんだ~!という実感がわいてきて、少しずつ感動が沸いてきます。

トンネルからの湧水や、トンネル上部の沢水を流す水路が設置されています。


P5170071.jpgまた、足元をみると副代表が葉わさびを発見。みんなは疑うことなく食します。でも実際口に入れると、徐々にわさびの風味がふんわりと・・・美味です。

ここでみんなお弁当タイム。おにぎりに葉わさびが結構あうのです。

雨を少しでも凌ごうと坑門の下に入ります。少しでもトンネルに入るとみずたまりです。


P5170073.jpg坑門のイメージはなんとも貫禄アリですね。

でも二つ小屋に比べ少し傷んでいるような気もします。インターネットなどで見る限り季節によっていろいろな風景に見えますが、これから草木が生い茂りこの画像のような空間は徐々に無くなっていくのでしょうね。
P5170074.jpg
坑門の左側からは大量の水が流れています。沢水でしょうか?


坑門のレンガが何箇所か剥離しています。

この直下で食べるお昼ご飯もなかなかオツなものです。

P5170078.jpg
さて食事も進んでいくと、タマちゃんが栗子ずい道内の水溜りを踏破すべくチャレンジします・・・数歩進むとあまりの冷たさに奇声を発し陸に戻ってきます。(記録は2m)

そして代表幹事もチャレンジ・・・これも一歩で「ヒャッケー」とか言って終了(記録は1m)

そんな中ワタクシ、感じない男広報担当は、水溜りに入っても冷たさをまったく感じません。あっさりと水溜りをクリア。そして副代表もあっさりクリア。

それを見たタマちゃん、、、引くに引けない状況になり、ハラくくって「ぎゃー、ツメテー」とか言いながら歩いてきます。大げさすぎです。
P5170080.jpg
50m程度までが水溜りだったでしょうか・・・こちらはまたも内巻です。ざっと100m地点~300m地点くらいだったでしょうか?こちらは歩測もメモもとらなかったので記憶をたどっての数値です。それでこの内巻が終わると標準断面の境目がまた崩落しています。

さらに内巻していない箇所は、しばらくの区間で水平クラックが走り、開口も1㎜以上はあります。傾向としては米沢に向かって左側のほうが側圧は大きいように見受けられました。

P5170083.jpgさらにしばらく進むと、なんとうわさの県境表示が、、、

福島側坑口から600m程度の位置でしょうか?なんともかわいい大きさの表示板です。

これが上り下り線いずれにもありました。


表示板から50mも進むと、、、
P5170086.jpg
「ナンジャコリャー」というほどの崩落現場になっております。

写真ではうまく表現できていませんが、崩落しているコンクリートは幅4m、長さ6mくらいのイメージ、空洞高さはコンクリートから4m程度でしょうか。これも記憶をたどった想像です。

空洞のボリュームを表現すると「家一軒」とでも申しましょうか?今度着たときにはもう少し、正確な表現が出来るよう調査したいですね。

P5170088.jpgしかも崩落土砂(花崗岩・真珠岩)の上になんとモモリンの顔が書かれたものが・・・?

これは一昨年福島市政100周年にちなんだ福島市あげてのイベントがあったのですが、そのとき以来の福島市のキャラクターです。

しかも舗装の上になんと!石を並べて描かれたメッセージが・・・

廃道関係の業界で有名な方たちのハンドルネームやら副代表にしかわからない、なんらかのメッセージが描かれていたようです。

これが崩落の跡P5170089.jpg

岩盤自体もう落ちきった感があります。大きな目で抜け落ちたようです。

いつごろ発生したものなのでしょうか?またなぜ・・・

この崩落区間を通過するとすぐに有名な閉塞部があります。

閉塞部の確認や、通過できるかの確認をしたいところでありましたが、今日は大人の対応でこの大崩落部を通過することはしませんでした。外でみんなが待っているのでさっそく戻ります。
P5170092.jpg
栗子ずい道内も戻り足では、路盤も結構痛んでいました。

先ほど記述した側圧が発生しているのでは?とあった場所の多くは両サイドに設置されたコンクリート製の側溝がつぶれたり破壊されたりしています。

さらに舗装も盛り上がったりしています。


P5170094.jpg二つ小屋に比べ距離も長いので光がたらずか?坑内の写真はあまり使えるものがありません。フラッシュの充実したものや、三脚を用意したほうがよいかもしれませんね。

30分強程度のずい道探検でしたが、外の皆さんも心配そうに待ってくれています。

帰りの水溜りも、ワタクシと副代表はあっさり通過しますが、やはりタマちゃんだけ大騒ぎしながら歩いていきます。

P5170095.jpg坑口に戻ると少し雨足が速くなっている感じです。

みんなで記念撮影して早速同じ道路で帰路に着きます。

大平部落では先ほどの車の方達がいましたが、この先にこのようなずい道があるなんてまったく知らなかったようです。

まさかこの道路が歴史ある「万世大路」ってことも知らないなんて事、、、あるかもしれませんね。

なんとか無事に15時でゴールしました。思ったより寒くも無く暑くも無い程度の気温だったので、汗などによる不快指数も低め。とても快適な運動もできて、有意義な時間を過ごせました。次回調査の課題が残せたのでとても良かったと思います。皆さんありがとうございました。

今回の各ポイントの通過タイム(デジカメデータより)
東栗子Tn福島坑口9:06~万世大路部出会9;22~二つ小屋Tn(福島方)9:43~調査~二つ小屋Tn米沢方10:20~烏川橋10:29~大平橋11:28~杭甲橋11:45~栗子ずい道12:07(3時間01分)
栗子ずい道12:57~杭甲橋13:10~烏川橋14:00~二つ小屋Tn(米沢方)14:09~東栗子Tn福島坑口14:55(1時間57分)

天気小雨
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無題
> 次回調査の課題が残せたので・・・

崩落土砂を取り除こうとすると、山の神様の祟りがあるそうです。ご注意を。
FCK広報 2009/05/19(Tue)23:03:37 編集
Re.無題
FCK広報さんはじめまして、コメントありがとうございます。

崩落土砂を取り除くのが課題ではありません。今回は自分は初めて歩いたのでピンときていませんでしたが、崩落にいたった経緯を想像するのに、岩石を採取してきました。

次回はコンクリートの強度試験をしてみては?とか暗いトンネル内の撮影に役立つ道具を準備するなど課題があります。
たっつあん(管理人) URL 2009/05/20(Wed)09:17:35 編集
無題
私も以前二つ小屋隧道内に積もっていた、柱状節理の見事なピンコロみたいなひとかけらを持ち帰って来ました。
いやー、栗子隧道と岩盤があんなに違うとは驚きました。
副会長 2009/05/21(Thu)01:40:08 編集
Re.無題
そうですか?副会長さんも持って帰りましたか。

私は4箇所分の岩塊を採取したので、近日地質のプロの目で見てもらう予定です。
たっつあん(管理人) URL 2009/05/21(Thu)07:38:10 編集
無題
栗子隧道に風穴を開けたいのですが・・・
無理ですかね!?
ちゃう 2009/06/09(Tue)14:29:34 編集
Re.無題
是非風穴を開けたいですね。

崩落土砂は大きな岩塊が多いのですが、屈強なメンバーがいればきっと・・・
たっつあん(管理人) URL 2009/06/10(Wed)09:21:18 編集
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