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トンネルマニアの広報担当とベテランのトンネル屋さんが栗子隧道を調査してきました。

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左の画像は山形側坑口から50m地点の崩落個所。たくさんの松丸太が崩落しています。当時松丸太は圧縮に強い部材として重宝がられ、トンネル工事の支保部材として使用されていた。特に湿度や水分があれば長期間に渡り劣化しにくい特徴がある。50年ちかい歳月を経ていまだに健全な松丸太。

中央の写真は、最も太い径の丸太で、トンネル天端中央部から左右振り分け1.5mほどにトンネル延長方向に設置されている「ニナイ」と呼ばれる部材です。長さは4mジャストでした。現在も木材屋さんの定尺寸法は4mで、当時は「丈三もの」=1丈3尺の意味でよばれたと聞いたことがあります。直径を図るのを失念しました。

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坑内は昭和10年の改築時のまま残されている箇所も多いですが、一部吹付モルタルが施工されている箇所がある。漏水対策に施されていた時代があると聞いたことがある。

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また地圧により?コンクリートに変状をきたしている箇所についてか?鉄筋コンクリートによる内巻コンクリートが設置されている。場所によっては内巻コンクリートごと崩落している箇所もある。一か所内巻コンクリート巻厚を計測すると35センチだった。場所によって異なると思う。コンクリートの内巻は天端の充填が難しいが確実に充填されていた。

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150mほど入ると崩落個所がある。行き止まりです。でも風が動いています。酸欠のリスクは少ないようです。向かってトンネル断面右肩を見ると人ひとりが福島に抜けれそうなスペースがあります。途中崩落していますが、だれかチャレンジしたのか?というくらい不自然なスペースでした。

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昭和の改築時に作られたコンクリートですが、型枠は木製でアーチ部が長さ1.2m幅0.1mを使用し、1打設当たり3.6mとなっていた。またアーチ打設前に側壁部(路面から1m程度で場所によってまちまち)を先行する順巻となっていた。側壁部の型枠は長さ3.6m幅0.1mだった。いずれも尺貫法を用いた長さだが、初めて見るサイズだった。

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どうも解せないというベテランのトンネル屋さん。内巻コンクリートが劣化しすぎていることに首をかしげています。粗骨材が大きいことも気になるようです。

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続いて明治のトンネルです。素掘りで入口はノミ跡が残っているが奥は崩落した形跡がある。わかりづらいかもしれませんが右の写真で二本だけ斜めになっていますが、柱のように立っている木材(角材だった)があります。これはベテランのトンネル屋さんによると木巻覆工のあとなのでは?とコメントしていました。まあ明治のトンネルが使用されているところは誰も知りませんよね。当時の資料では、地質によって素掘り、木巻、石巻覆工というのがあったことがわかっています。

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やはり栗子隧道は素晴らしいですね。

 
 
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